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高取城を攻略



比高(麓からの高さ)390mの日本No.1の山城。関ヶ原の合戦直前には石田三成の侵攻を退け、幕末では天誅組の侵攻を退けるなど、難攻不落の一端を歴史に刻んでいる。
大和郡山城には何度か足を運んでいるので、いつかこの山城をと思っていたところ、雨の城攻めも、また一興かと挑戦することにしました。

いやぁ~、さすがです。登り、登り、また登り。上から矢を射かけられたら、攻めあぐねる城だったでしょうね。竹を切って道に投げ捨て、滑って足場が悪くなるようにもしたとの解説板も納得です。

二の門付近からは、ほどよく霧がかかり、幽玄な雰囲気。
途中、石垣に登ってみたりと寄り道をしながら進んでいくと、大手門跡の石垣が姿を現しました。
写真は、それを少し入ったところ。

元々は南北朝時代に築造され、戦国時代に筒井順慶が整備し、豊臣秀長が郡山城に入城後、重臣に本格的に整備させた。江戸時代は高取藩(城主植村氏)として引き継がれるが、明治維新後に廃城となり、今この場には、石垣が残るのみ。

「國破れて山河在り 城春にして草木深し(杜甫)」
「夏草や 兵(つわもの)どもが 夢の跡(芭蕉)」

更に進むと広場の先に立派な石垣。いよいよゴールかとワクワクして回り込みます。上に登ってさっき来た道を見下ろすと、高度があってちょっと緊張。周囲を見渡すと、んっ!? 向かいにすごく高い石垣があるではありませんか。この終盤に来て、この高さの天守台ですか!! かなり気合いが入った城です。このあたりの石は、もろそうだったので、きっと下から運んできたんでしょうが、この石の量は、半端じゃありません。

帰りは楽かと思いきや、この下りは膝に来ます。七曲がり、一升坂といった名前がついていましたが、この一升坂は、石を運び上げるに際しこの難所の坂を上げると米1升の加増があったということに由来しているのだそうです。さもありなん。

全身びしょ濡れのこの日は、かもきみの湯へ。

2015年07月05日