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散策路1:春日大社~東大寺(⑥二月堂裏参道)

二月堂から右手の坂を下ると東大寺の裏手に出ます。
この坂はお勧めの美しい坂です。
少し下ったあたりで、二月堂を振り返ってください。


曲線を帯びた坂。
石階段の横のライン。
両袖の土塀。そこに埋め込まれた瓦や礫が渋い。
季節によって、モクレンなどが彩りを添えます。

写真家 入江泰吉が愛した風景の1つです。

 

2014年01月21日

散策路1:春日大社~東大寺(⑤手向山八幡宮)

◆若草山の麓が切れたあたりで道路のルートはとらず、神社の境内地に入ります。

◆入口右手に、奈良一刀彫りと書道具の店が2軒並んでいます。
ちょっと寄り道しましょう。
ショーウィンドーに「玉虫の羽」みっけ!
発見したからには、子どもたちには答えてもらわないといけません。
「これ、な~んだ?」
   →知ってる、知ってる。玉虫の羽。
 
「玉虫の羽と言えば?」
   →法隆寺の「玉虫の厨子」。
ここから、皆で、このネタでワイワイ・ガヤガヤ。

◆境内地をしばらく行くと、見えてきました手向山八幡宮。
手向山八幡宮は、大仏建立の際、東大寺守護のため大分県の宇佐八幡宮(現、総本社)から迎えられた神社。
八幡神(応神天皇と同一とされる)は武運の神様としても有名。戦物で、武将が『南無 八幡 大菩薩』と言って矢を射るシーンがありますが、その「八幡大菩薩」とは、この八幡様なんですね。平安時代末期、東北地方の前九年の役、後三年の役で活躍した源義家は、八幡太郎義家と名乗っていました。

百人一首や古今和歌集に有名な歌があります。
「このたびは  幣(ぬさ)もとりあへず 手向山  紅葉(もみじ)の錦(にしき)  神のまにまに(菅原道真)」
【訳】このたびの旅は(掛詞)、出発の慌ただしさに、「ぬさ(神への捧げ物。神や絹を細かく切った物)」も用意する暇(いとま)がありませんでした。ところが手向山に来ますと木々の紅葉はさながら錦を織り成したようです。代りにこの紅葉の錦を「幣(ぬさ)」として捧げますので、どうぞ神の御心のままにお受け下さい。
近くに、菅原道真の「腰掛石」があります。

◆ここを抜け、三月堂(法華堂。文化財的にはこちらの仏像の方が有名。)横を通過すると、いよいよ「お水取り」で有名な二月堂です。無料で気軽に行けるという点と眺めが良いのがお気に入りです。

2014年01月21日

散策路1:春日大社~東大寺(③春日大社と藤原氏)

散策しながら、子どもたちに歴史問題を出すのが好きです。

 

春日大社は藤原氏の氏神。
だからなのでしょう、社紋は「下り『藤』」。参道を歩く際に意識していると、発見できます。「砂ずりの『藤』」も有名ですね。

では、問題です。藤原氏の氏寺は?
答えは、興福寺ですよね。一時は、大和一国を支配する勢いでしたが、信長に敗れて衰退し、明治時代の廃仏毀釈の嵐では廃寺同然となり、当時の僧は春日大社の神職に転職したという。五重の塔は、京都の東寺に次いでNo.2の高さを誇りますが、当時は、その五重の塔まで売りに出されたとは驚きです。現在の興福寺に門や塀がなく奈良公園内にある風情なのは、この頃の名残なのですね。
興福地周辺もおもしろいので、またの機会に散策あれ。

 

2014年01月21日

散策路1:春日大社~東大寺(④若草山(三笠山))

◆春日大社を通り抜け、T字路を左折すると若草山(三笠山)や二月堂への道です。
静かで、好きな道の一つです。
少し歩いて川に出ると、橋の上から対岸左手の御茶屋が目に留まります。茅葺きの店先に赤い毛氈。ここで一息するもよし。

◆目の前に階段があります。
小さい頃は、なぜ無意味な危ないことが好きなんでしょうね。子どもの頃、わざわざこの階段の横を歩いて親からよく叱られていましたが、我が子も同じようなことをよくしていました。

◆この階段を上ると、若草山(三笠山)です。
百人一首と古今和歌集に有名な歌があります
「天の原 ふりさけみれば春日なる 御蓋(みかさ)の山に出でし月かも(阿倍仲麻呂)」
と、つい口に出てしまいますが、
実は、この歌の「みかさやま」は、「若草山(三笠山)」のことではなく、春日大社の裏手にあるご神体の「御蓋山(みかさやま)」のことだそうです。御蓋山の麓で、遣唐使の航行安全のための祭礼を行ったという古い記録もあるようです。

若草山の山焼きも有名ですね。

正月はまだ開いていませんが、時期を見て若草山に入ってみてください。少し上がるだけでも眺望よしです。

◆このあたりのお土産屋さんで、干し柿を販売しています。懐かしいですね。
おひとつどうぞ。
種などは鹿のえさになるようなので、食べ終わったら近くの鹿にあげてみましょう。手のひらに置いて、パァーの手で鹿の口に近づけると、上手に食べてくれます。でも、ちょっと、くすぐったいかな。。。
手を洗いたくなったら、若草山の北の端あたりにトイレがあります。

 

2014年01月21日

散策路1:春日大社~東大寺(②春日大社と鹿)

 「ささやきの小径」を抜けて参道に入るとすぐに、「伏鹿手水所(ふせしかのてみずしょ)」が目に留まります。手水所が鹿になっているのは、春日大社では鹿が神の使いだからでしょうね。

 

 ここで、鹿についてネタ話を。
 ◆ 奈良公園の鹿は誰の物(所有)?
   答えは、所有権者はいません。でも、「捕まえて飼ってみようか?」なんて、考えてはいけません。奈良公園の鹿は、国の天然記念物に指定されている野生動物なので、捕まえたり、傷つけると罰せられます。そういえば、奈良公園の鹿をボウガンで撃つという事件がありましたが、文化財保護法違反で実刑判決が出ていたように思います。
 ◆ 鹿の角は自然に抜け落ちる?
   伝統行事の「鹿の角切り」から連想すると間違いそうですが、答えは、イエスです。
   鹿の角は、1歳頃から生え始めます。最初は、枝分かれのない ひょろっとした1本の状態で伸びていきます。
   やがてこの角が育って、植物のようにこの茎から枝が出て・・・というのは間違いです。
   鹿の角は、毎年春に、ポロリと抜け落ち、新たに生えてきます。生え替わるたびに、二叉、三叉、四又となり、これで完成です。以降は、生え替わりはしますが、枝分かれはしません。角に注目して見ていると、たまに枝分かれのない、ひょろっとした角の鹿を発見できます。そう思って見ると、やはり子どもっぽく見えてくるのが不思議です。。。
 ◆ 調子に乗って、角で、もうひとネタ。
   同じ角を持った動物でも、鹿とウシとは、角が違います。鹿の角は、皮膚が硬化したものであるのに対し、ウシの角は頭蓋骨が発達したものです。鹿の角は、最初は表皮のかぶった袋角で血液も流れていますが、秋頃から硬化が始まり、血液が流れ込まなくなり表皮がはがれ硬い角になり秋の全盛期を迎え、毎年春頃に抜け落ちて生え替わります。これに対してウシの骨は、抜け落ちず、そのまま成長していき、枝分かれはありません。角の外観では、毎年成長していくウシが年輪のような輪っかの水平線が入っているのに対し、鹿は血管跡である縦線が入っています。

 ◆ ちなみに、「白の斑点は、子鹿のしるし」というのはガセネタです。生まれたばかりの鹿は毛が薄くて目立つようですが、本当は、白の斑点は夏毛にはあるが冬毛にはないという違いで、これは大人か子どもかで違いはないそうです。

 

2014年01月04日

散策路1:春日大社~東大寺「①ささやきの小径(こみち)」

 中学生の頃にこの名に惹かれ、以来、西村家の定番の初詣コースになっている とっておきの道です。

 

 
 スタートは高畑。
 春日大社の南に位置し、かつて春日大社の神官(=禰宜)が住んでいた所です。「ささやきの小径」はその通勤路の1つで、正式には「下の禰宜道(しものねぎみち)」です。外に、「上の禰宜道」「中の禰宜道」もあるのですが、いつの頃からか、この「下の禰宜道」が「ささやきの小径」とも呼ばれるようになったようです。付近に旧志賀直哉邸があります。

 

 小さな小川に架かった小さな橋を渡ると、そこから土の古道が現れます。道沿いはアセビ。左右は奥に原生林が広がっています。静かで、空気もなんだか違うように感じられます。

 

 ここを抜けると、春日大社の参道に出ます。正月は、ここで一気に賑やかになり、その落差がまた良い感じです。

 

 

 

 

 

 

 

2014年01月04日